ないなら創ればいい

父親は理数系の頭が切れる人で、物創りの達人





僕が小さい時から色んな物を創ってもらった覚えがある






そう言う環境で育ったからこそ今の自分がある訳だけど





小さい頃、甘えるのが苦手だったのか?

僕はオネダリをするのがめちゃくちゃ苦手だった





今思えば「これが欲しい」と言えば怒られると思い込んでいたみたいで






だからこそ、〝自分でどうにかしよう〟ということで






ないなら創っちゃおう!というスタンスに至ったのだ












我ながら高度だと思ったのは…






みなさんも経験あると想うけど、油性ペンなどで


手首に時計を描くヤツあるでしょ?
















↑こういうやつ笑




ダニーロ少年はワンランク上の時計を目指した結果




カタログに載ってる時計の写真を切り抜いて

それを段ボールに貼って

それを手首につけるという…












遠目で見たらホンモノw












そういう風にして
〝ないなら創ればいい〟っていう
意識が根付いたと想う









〝あるもの〟を利用する楽しさと








1を100にする力って凄いと想う









〝ないもの〟を〝あるもの〟に変えるクリエイティビティも素晴らしくて







0を1にする力も最高にクリエィティブだと想う






その中で僕は後者の生き方を選んで




リズミックブリージングという媒体と
出会わせて頂けた



今となってはこれが僕の命を保ってる大事な要素の1つ






少なからず同じ様に
リズミックブリージングを必要としてくれてる仲間もいる






ありがたい限りで




小学高学年までゲームを買ってくれなかった両親に感謝してる





〝なかった〟からこそ


〝形にしたい〟と想えたし



0だったから想像力が育った



だけど、〝ないもの〟にフォーカスし過ぎると
物事がおかしくなる



だからこそ



子供の頃の無邪気な心を大切にしたいね




ダニーロ・強の軌跡

スペイン、イタリア、ポルトガル、ブラジル、日本の血を受け継いで ブラジルで生まれ育つ 11歳で日本デビュー 19歳で和太鼓の修行 21歳でバンド結成 25歳で鬱になる 28歳で定職を手放す 30歳で淡路島へ移り住む 32歳で呼吸法に命をかけると決断する 33歳で上京 ちょっと変わったダニーロ・強の人生の中で気付いた事、想いを綴るブログ

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